長野地方裁判所諏訪支部 昭和51年(ワ)76号 判決 1978年3月23日
原告
永田俊公
ほか一名
被告
茅野市
主文
(一) 被告は
(1) 原告永田俊公に対し金三七三万八八二二円及び内金三四八万八八二二円に対する昭和五一年一〇月二三日から
(2) 原告永田禮子に対し金三五八万八八二二円及び内金三三三万八八二二円に対する昭和五一年一〇月二三日から
右各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告等のその余の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告、その余を原告等の連帯負担とする。
(四) この判決は、原告等において、各金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告は、原告永田俊公に対し金一、〇九二万七五二五円、原告永田禮子に対し金一、〇六二万七五二五円及び右金員に対する昭和五一年一〇月二三日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次の通り陳述した。
一 (当事者)
原告等は、昭和四〇年五月一一日婚姻届をなした夫婦であり、訴外永田まゆみ(昭和四三年六月一七日生)は、原告等の長女である。
被告は、茅野市豊平下古田の市道真徳寺橋を設置し管理するものである。
二 (本件事故)
訴外まゆみは、昭和五一年三月一五日午後五時四〇分頃、茅野市豊平下古田の市道真徳寺橋を西方から東方へ自転車で進行中、同橋左側の欄干に接触して身体の自由を失い、右欄干上より約七メートル下の柳川に転落し、同日午後六時三〇分頃死亡した。
三 (帰責事由)
(一) 真徳寺橋は、昭和三四年の台風で流失した木橋に代わり、昭和三五年に設置されたコンクリート橋で幅員約三・七〇メートル、長さ約二四・八〇メートルである。
橋の両側端に欄干が設けられており、右欄干は高さ約一七センチメートルのコンクリート土台の上に高さ約六〇センチメートルのコンクリート支柱があり、支柱と支柱の間に鉄棒二本を横に通して柵が設置されている。右鉄柵の上段の高さは土台上から三五センチメートル、土台部分を含めて約五三センチメートルである。
右真徳寺橋に西側から向う市道は、下り坂であるとともにカーブしている。
(二) 本件事故当時、訴外まゆみは自転車に乗車し、右市道を真徳寺橋方面に進行中、前記のように道がカーブしているとともに下り坂であつたため、不安定な姿勢のまま橋上に進入し北側欄干にほぼ平行してふらつきながら進行するうち欄干に接触し、その際欄干が前記のように低いため、身体の重心が上体にかかり、かつこれを支えるものがなかつたため、欄干を越えて川に転落するに至つたものである。
(三) 橋は道路と一体となつてその効用を全うする施設であつて、道路の一部を構成するものであり、道路管理者は、当該橋の存する地域の地形その他の状況を勘案し、十分安全なものとして橋を設置しかつ管理しなければならないものである。
しかるに真徳寺橋は、その西側からこれに至る道路が前記のように下り坂でかつカーブである上、橋の欄干が低く、従つて真徳寺橋の西側から橋に向つて自転車で通行する場合、スピードが出て欄干に接触し、その際欄干が低いために川に転落する危険性がある。
本件事故は、そのために発生したものである。すなわち本件事故は、真徳寺橋の設置及び管理の瑕疵に基くものといわなければならない。
(四) 本件真徳寺橋は、被告の管理する公の営造物であり、右のようにその設置管理の瑕疵に基くものであるから、被告は国家賠償法二条一項により損害の賠償をなすべき義務がある。
四 (損害)
(一) 逸失利益
原告等の長女まゆみは、事故当時七歳一一か月(生存していれば九歳となる)であり、生存していたならば一八歳から六七歳まで就労可能である。
一八歳から一九歳の女子労働者の平均賃金(賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表による)の年額は
72,900×12+122,000
であり、昭和五一年度、同五二年度にそれぞれ五パーセント以上の上昇をした筈であるから、昭和五一年度は
76,545×12+128,100
昭和五二年度は
80,372×12+134,505=1,098,965(円)
となる。
従つて訴外まゆみは、もし本件事故がなかつたとすれば満一八歳に達してから六七歳に至るまでの四九年間は毎年右額の収入を得ることができた筈である。生活費を五〇パーセントとし、ホフマン係数一九・五七三(九歳)としてその現在額を算出すると
1,098,968×(1-0.5)×19,573=10,755,050(円)
となる。
原告等は、右額の二分の一すなわち各金五三七万七五二五円をそれぞれ相続した。
(二) 慰謝料
本件事故により長女まゆみが死亡したため原告等が被つた精神的損害に対する慰謝料としては各金三〇〇万円が相当である。
長女まゆみ自身の慰謝料としては金三〇〇万円が相当であり、原告等はそれぞれ二分の一すなわち各金一五〇万円宛を相続により取得した。
(三) 葬祭費用
原告永田俊公は、葬祭費用として少なくとも金三〇万円を支出した。
(四) 弁護士費用
原告等は、弁護士費用(着手金及び報酬を含む)として原告代理人に対し共同で金一五〇万円の支払いを約した。各自の負担額は各金七五万円である。
五 (結論)
よつて被告に対し、原告永田俊公は金一、〇九二万七五二五円、原告永田禮子は金一、〇六二万七五二五円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年一〇月二三日から右各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁等として、次の通り述べた。
一 請求原因第一項の当事者に関する事実は認める。
二 同第二項中訴外まゆみが原告等主張の頃、真徳寺橋から柳川に転落したこと及び主張の頃死亡したことを認め、その余は不知。
三 同第三項(一)の事実中、鉄柵の上段の高さを争い、その余は認める。橋梁面から上段の鉄棒上端までの高さは六一センチメートルである。
同項(二)の事実中訴外まゆみが橋から川に転落したことを認めその余は不知。
同項(三)は争う。後述するように本件真徳寺橋には原告の主張するような危険性はなく、その設置管理に瑕疵はなかつたものである。
四 同第四項中訴外まゆみが事故当時七歳一一か月であつたことを認め、その余は不知。なお、就労可能年数が三五年を超える場合は中間利息控除の方法としてライプニツク方式を用いるべきである。また慰謝料の額が過大である。
五 被告の主張
(一) 本件真徳寺橋の設置管理に瑕疵がなかつた。
(1) 本件真徳寺橋は、昭和三四年の伊勢湾台風で流失した橋の復旧として構築されたものであり、構築費用の九〇パーセントを国庫補助でまかない、そのため橋の構造は国の審査基準に適合している。
(2) 一般道路に設置してあるガードレールは、道路構造令で定められた七〇センチメートルの高さで設置されている。本件真徳寺橋の欄干の高さは六一センチメートルであり、右に比しても低すぎることはなく充分の高さである。
(8) 本件橋が構築されて以来今日まで一七年間、本件事故を除き橋から川に転落した事故は一件もなかつた。
(二) 仮に本件橋の欄干の適正な高さが七〇センチメートルとしても、本件事故は発生する状況にあつたから、欄干の高さと事故原因との間には因果関係がない。
(三) 原告主張の本件橋に関する設置及び管理の瑕疵について本件橋に向う道路は下り坂でかつ右にカーブしているが、そのカーブは橋の起点西側で終了している。従つて原告が主張するようにスピードが出てカーブのため曲りきれずに橋の欄干に接触するという危険は橋自体にはない。
(四) 本件事故は訴外まゆみの一方的な過失により発生したものである。
本件橋に向う市道が下り坂でかつカーブしているためにスピードが出て曲りきれずに起つた事故とすれば、地形上事故発生地点はもつと西側で発生した筈である。
しかしながら、本件事故発生地点は橋の西側基点より八・五メートル入つたところであり、かつ右起点より事故発生地点までは直線かつ平坦である。以上からして本件事故は、原告等の主張する原因で発生したものではなく、訴外まゆみの一方的な不注意から発生したものである。
(五) 仮りに本件橋に原告主張の危険があつたとしても、本件事故発生原因と右危険との間には因果関係がない。
(六) (過失相殺)
仮りに以上の被告の主張が認められないとしても、本件事故の発生については、訴外まゆみにも重大な過失があつたので、これをしんしやくすべきである。
本件橋は平坦かつ直線で幅員も三・七メートルあり、自転車で通過するのに何の危険な要素もない。欄干に接触しないよう極くわずかな基本的な注意さえすれば事故の発生を防止することができたのにこの注意を怠つた。
原告等訴訟代理人は、被告の右主張を否認し、次の通り主張した。訴外まゆみには過失がなかつたものであり、仮りに過失があつたとしても、軽度のものである。
(立証関係)〔略〕
理由
一 (当事者)
原告等が昭和四〇年五月一一日婚姻届をなした夫婦であり、訴外まゆみ(昭和四三年六月一七日生)が原告等の長女であること及び被告が茅野市豊平下古田の市道真徳寺橋を設置し管理するものであることは当事者間に争いがない。
二 (本件事故の発生)
訴外まゆみが昭和五一年三月一五日午後五時四〇分頃、右真徳寺橋から柳川に転落し、同日午後六時三〇分頃死亡したことは当事者間に争いがない。
三 (帰責事由)
成立に争いのない甲第五号証の一ないし八、乙第一号証、原告本人尋問の結果とこれによつて成立を認める甲第六号証及び証人長田積子、同帯川哲男の各証言と検証の結果によると以下のような事実を認定することができる。
(一) 真徳寺橋は、昭和三四年の所謂伊勢湾台風により流失した木橋に代わり、被告茅野市が国から九〇パーセントの補助を得て昭和三五年に設置したコンクリート橋で、幅員が約三・七〇メートル、長さ約二四・八〇メートルである。
橋の両側端(南北端)にそれぞれ欄干が設けられている。右欄干は高さ約一八センチメートルの土台の上に一定の間隔(一・五〇メートル)をおいて高さ約六〇センチメートルのコンクリート製角型支柱があり、支柱と支柱の間に直径七センチメートルの丸型鉄棒二本を横に通して柵が設置されている。右鉄柵の上段の高さは土台上から三五センチメートル、土台部分を含めて約五三センチメートルである。
右真徳寺橋に西側から向う市道は、右にカーブするとともにかなり急な勾配をもつ下り坂であるが、橋の欄干前二〇メートル位の部分はほぼ平坦である。
橋の下を流れている柳川の水面と橋との距離(橋の高さ)は、橋の中央部で約六・五〇メートルであり、川床は大小無数の石から成り立つている。
(二) 訴外まゆみは本件事故当日、自転車に乗つて真徳寺橋上を西から東に向け、北側欄干と殆んどすれすれのところを進行するうち橋の西側端から八・五〇メートル付近で体が左に傾いた。自転車は鉄柵をこすりながらその場で止まつたが、訴外まゆみの体はこれを支えるものがないまま鉄柵を越え、頭を下に転落して本件事故となつた。なお右自転車のサドル部分の高さは約六〇センチメートルである。
以上の事実を認定することができる。訴外まゆみが本件橋の手前にある下り坂でかつ右にカーブする市道を通過し、転落地点に達するまでの具体的な走行状態についてはこれを明らかにし得ないが、本件橋の側端に設けられた鉄柵の上端の高さが約五三センチメートルにすぎなかつたことが少なくとも本件事故の一因をなしたものと認めることができるのであつて、これをもつて十分であるとしなければならない。
そして橋の安全性は単に荷重、風圧、水圧等に耐え得ることを要するばかりではなく、本件橋のように橋梁がその下を流れる川の水面から約六・五〇メートルもあり、しかも大小無数の石で川床が形成されているような場合は、橋から通行人その他の者が転落することによつて生命に危険を生ずることが予想されるのであるから、このような場合にもその安全性を保障するに足りるものでなければならない。
従つて本件橋の設置及び管理に瑕疵があつたものというべきであり、被告がその設置管理をなすものであることは当事者間に争いがないから、被告は国家賠償法二条一項に基き本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
四 (損害)
(一) 逸失利益
原告等の長女まゆみが本件事故当時七歳一一か月であつたことは当事者間に争いがなく、生存していたならば一八歳から六七歳まで就労可能であつたと認められる。成立に争いのない甲第一二号証(賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表)によると、一八歳から一九歳の女子労働者の平均賃金の年額は次の通り金九九万七一〇〇円である。
72,900×12+122,300=997,100(円)
従つて訴外まゆみは、もし本件事故がなかつたとすれば満一八歳に達してから六七歳に至るまでの四九年間は毎年右額の収入を得たものということができる。生活費を五〇パーセントとし、ホフマン係数(七歳)を一八・七六五としてその現在額を算出すると、次の通り金九三五万五二九〇円となる。
997,100×(1-0.5)×18.765=9,355,290(円)
(二) 慰謝料
本件事故により長女まゆみが死亡したために原告等が被つた精神的損害に対する慰謝料としては各金二〇〇万円が相当と認める。なお、原告等は、被害者の慰謝料請求権の相続を主張するが、当裁判所は、この点を考慮して遺族固有の慰謝料を算定すれば足りると考えるので、この点に関する原告等の主張は採用しない。
(三) 葬祭費用
原告永田俊公が支出した葬祭費用金三〇万円は相当額と認められる。
(四) 過失相殺
本件真徳寺橋の西側市道が下り坂でかつカーブしていることは前認定の通りであるが、本件事故はカーブ地点を通過してから本件橋に進入し、約八・五〇メートル進行した地点で発生したものであり、かつ訴外まゆみは本件事故現場付近の地形については熟知していたものと認められるので、速度をひかえ、橋の側端に近寄りすぎないようにハンドル操作をすることによつてかような事故の発生を回避することは、訴外まゆみにとつても十分可能なことであつた。したがつて本件損害賠償の額を算定するにあたつてはこれをしんしやくして五割の過失相殺をなすべきである。
そうすると逸失利益は金四六七万七六四五円となり、原告等は各自の相続分に応じて各二分の一すなわち金二三三万八八二二円を相続により取得したこととなる。慰謝料は各金一〇〇万円、葬祭費用は金一五万円となる。
(五) 弁護士費用
弁護士費用は、本件事件の難易、認容額その他を考慮し、原告等が代理人に支払うことを約した金一五〇万円の内金五〇万円を被告に負担させるのが相当である。
三 以上の通りであるから、原告等の本訴請求中被告に対し、原告永田俊公が金三七三万八八二二円及び内金三四八万八八二二円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年一〇月二三日から、原告永田禮子が金三五八万八八二二円及び内金三三三万八八二二円に対する前同様昭和五一年一〇月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却し(原告等の主張する弁護士費用は報酬を含むものであり、報酬の履行期は性質上一審判決言渡の後となるべきものであるが、着手金と報酬の内訳が明らかでなく、また原告等が弁護士費用の支払をなした訳ではなく、単に支払を約したにすぎないものであることは主張自体明らかであるから、弁護士費用につき損害金の支払を求める部分は理由がない)、訴訟費用につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 茅沼英一)